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大プリア・カン
古代橋


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首都プノンペンへと続く快適な国道6号線を1時間ほど進んだあたりで、ツアーの車は街道を外れて北へと進路を変えた。高床式の家や小さなお店が集まる村をいくつか通り越すと、道幅は次第に狭まり、やがて舗装さえも消えて赤土に変わった。振り返ると、車の後ろにはオレンジ色の土ぼこりがもうもうと立ち昇っていた。乾季に入り、舞い上がった赤土を浴び続けているのだろう、道の両側の木々は、枝も葉もオレンジ色のほこりにすっぽりと覆われている。

一般的に「大プリア・カン」と呼ばれる寺院遺跡、プリア・カン・コンポン・スヴァイを見学した。1辺約5kmもある壮大な寺院で、四方をうっそうとした樹林に囲まれている。アンコール王朝時代の寺院はどれも東向きなのに、大プリア・カンは北東を向いている。なぜそんな一風変わった建て方をしたのか、理由はわかっていないそうだ。「高度な建築技術を持った人たちが方角を間違えたとは考えにくいので、星の運行などをもとにあえて北東向きに造ったのかもしれません」と、ガイドさんが興味深いことをおっしゃっていた。

大プリア・カンはアンコール遺跡観光の拠点であるシェムリアップから遠く離れ、知名度もまだ低いことから訪れる人は少なく、特に日本人観光客が来ることはほとんどないそうだ。手元のGPSロガーには、シェムリアップの街から約150km走ったと記録されている。朝7時にホテルを出発して短い休憩を挟み、遺跡に到着したのが9時50分だった。片道3時間近くかかったことになる。まさに秘境の遺跡だ。


大プリア・カン

大プリア・カンの石彫はクメール文化の最高傑作と言われているが、30年ほど前、その価値の高さゆえに盗掘や持ち去りが後を絶たず、建造物そのものも荒らされてひどく損傷してしまったそうだ。近年、監視のために警察官が派遣されるようになり、私たちの見学時も、少なくとも2名のお巡りさんが勤務していた。

↑見学路は整備途上で、場所によってはこのような樹林や、牛の群れのひづめ跡が残る田んぼの脇、開けた草むらを通り抜けて進む。

↑この建物のように、支柱に寄り掛かるようにしてやっとのことで姿を保っているものが多い。

↑神鳥・ガルーダの像


↑プレア・チャトモク。4体ひとまとまりになったブッダの立像。高さ約10m。


↑ガルーダ


↑なんとも和やかな表情


↑ガルーダ




↑鉄器の一部が石の隙間に刺さったまま残っている。長さ7、8cm。

大プリア・カンの絡まり根っこ

「絞め殺しの木」なる名前はあまりにオソロシイので、私は「絡まり根っこ」と呼んでいるが、何と呼ぼうが、絡まれた建物はどれも苦しそう。


↑うわぁああ・・・

↑ツリー・ハウス的

↑てっぺんの木の根っこが成長する前に修復が終わって欲しい。


カンポン・クデイ橋

アンコール王朝の時代に、王都と南東の地域とを結ぶ街道(現在の国道6号線)に設けられた石橋で、日本語の観光案内では「古代橋」の名前で紹介されている。脇に立つ看板によると、長さ86m、幅16m、川底からの高さ10m。22本の橋脚が支える。今から千年も前にこんな立派な長い石橋を架けていたとは驚きだ。雨季の水量にも耐えなくてはならないだろうし。

現在、カンポン・クデイ橋を渡ることができるのは歩行者、自転車、ホンダ(バイクのこと)のみで、自動車は橋を迂回して造られた国道6号線を通る。

↑東側から眺めて

↑蛇の神・ナーガの像

↑西側から眺めて

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