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シユスターニ遺跡
プーノから北西に約20km。ウマーヨ湖の北東岸から突き出た小さな半島に、シユスターニ遺跡がある。西暦1100〜1450年ごろに栄えたコラ文化の遺跡で、「チュルパ」と呼ばれる埋葬塔や、ストーンサークルなどが残っている。 プーノ滞在2日目には半日観光として、また、最終日の3日目にはフリアカ空港へ向かう途中の観光として、シユスターニ遺跡を訪れた。当初、遺跡見学は最終日だけの予定だったが、チュルパの石組みのことを知るにつれてもっとよく見てみたくなり、半日観光を追加した。 シユスターニ遺跡を2日続けて見学したが(アンタも好きねェ)、石組みそのものの美しさばかりでなく、静かなウマーヨ湖と遺跡の調和が印象的で、2回では物足りないくらいだった(ますます好きねェ)。
アルティプラーノ高原(アンデス山脈中央部の高地)一帯に住んでいたアイマラ族の間では、一定の地位の人が亡くなると、石で造った塔に埋葬する風習が行われていた。シユスターニでは、「チュルパ」と呼ばれるこうした石造りの埋葬塔が、全部で95基確認されている。 シユスターニのチュルパには、1)きれいに切り出した石を積み上げて、高い塔状にしたもの、2)1と同じ石を低い塔状に積んだもの、3)平らな石を塔状に積み上げたもの、の3種類がある。殉死者も含めて、1基あたり6〜12体の遺体が、陶器や金銀の副葬品とともに、チュルパの中に埋葬されたという。
お宝目当てでシユスターニにやって来たスペイン人は、チュルパの中をくまなく探したが、あるのはミイラ化した遺体と陶器とわずかな金銀だけとわかり、腹立ち紛れに、ミイラや副葬品を片っ端から叩き壊したそうだ。 プーノのカルロス・ドレイェール博物館には、難を逃れたミイラが3体展示されている。いずれも両腕を胸の前で組み、ひざを折り曲げ、しゃがんだ姿勢をとっている。チュルパを子宮に見立て、亡くなった人を胎児の姿勢で埋葬することにより、再生を予期したのかもしれないなぁ、と、ミイラを眺めながらそんなことを想像した。
大湖ティティカカの西隣には、シユスターニのチュルパを冠したウマーヨ湖が、ひっそりと水をたたえている。住んでいる魚も植生もティティカカと同じで、浅瀬や干潟にはトトラも生えている。 ウマーヨ湖には島が1つある(右下の写真)。この島はビクーニャの保護地になっていて、ペルー政府から繁殖を委託された一家が、600頭ほどのビクーニャの世話をして暮らしている。ビクーニャとは、リャマやアルパカと同じラクダの仲間だ。最上級の毛がとれることから乱獲され、一時は絶滅寸前まで激減したが、ペルー全土で手厚く保護された結果、少しずつ回復してきているそうだ。 ビクーニャから刈り取った毛は、高い時には1kg当たり800ドル(84,800円)で取り引きされるという。セーターはなんと20,000ドル(212万円)、コートともなると80,000ドル(848万円)、なんていう途方もない話も聞いた。なるほど、ビクーニャの毛がインカ皇帝への最高の献上品だったわけだ。
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